髙橋ヒロムの歴史を振り返る

今回は新日本の歴史にフォーカスして振り返っていきます。

高橋ヒロムの歴史は、単なる「新日本プロレスのジュニアの人気選手」というより、ヤングライオン→メキシコ武者修行→“TIME BOMB”として凱旋→新日ジュニアの頂点→大ケガからの復活→ジュニアの枠を超えた挑戦→2026年の新日本退団という、かなりドラマの濃いキャリアです。

高橋ヒロムの歴史

① 2010年――新日本プロレスでデビュー

高橋ヒロムは2010年8月24日、新日本プロレスでデビュー。

当時は現在のような派手なキャラクターではなく、典型的な「ヤングライオン」でした。

同期には後に大きなライバルとなるエル・デスペラードらがいます。

この時代のヒロムは、まだ「将来のスター」として確立していたわけではありません。

むしろ、

「自分は普通の選手では終わらない」

という野心を持ちながら、若手として経験を積んでいた時期です。

② 2013~2016年――メキシコで「カマイタチ」になる

ヒロムの人生を大きく変えたのがメキシコ遠征です。

メキシコでは「カマイタチ(KAMAITACHI)」という名前で活動。

ここで、日本にいた頃とはまったく違うプロレスラーへと変貌していきます。

メキシコのルチャ・リブレの環境で、

  • 派手な動き
  • 狂気的なキャラクター
  • 感情表現
  • 観客を引き込む表現力
  • ジュニアとしてのスピード

を磨きました。

つまり現在の「高橋ヒロム」というレスラーの原型は、メキシコ時代に完成したと言ってもいいでしょう。

③ 2016年――「TIME BOMB」として衝撃の凱旋

そしてヒロムの歴史最大級の転換点。

2016年12月、両国国技館で行われた新日本プロレスの大会に、謎の覆面レスラーが登場。

その正体が――

高橋ヒロム。

しかも、単なる復帰ではありません。

「TIME BOMB」という新しいキャラクターとして登場しました。

この瞬間から、ヒロムは一気に新日ジュニアの中心へ。

そして、

内藤哲也率いる「Los Ingobernables de Japón(LIJ)」

に加入します。

ここが非常に重要です。

それまでのヒロムは「若手」「海外修行中の選手」でした。

しかしTIME BOMBとして帰国したことで、

「新日本ジュニアを代表するスター候補」

へ一気に格上げされました。

④ 2017年――IWGPジュニア王座を初戴冠

2017年1月。

ヒロムはKUSHIDAを破り、IWGPジュニアヘビー級王座を初戴冠。

これがヒロムにとって大きなブレイクでした。

KUSHIDAは当時の新日ジュニアを代表する絶対的エース。

そのKUSHIDAを破ったことで、

「新日ジュニアの次の時代は高橋ヒロムなのでは?」

という空気が生まれます。

さらに、

高橋ヒロム vs KUSHIDA

というライバル関係は、新日ジュニア史を語るうえでも非常に重要です。

⑤ 2018年――BEST OF THE SUPER Jr.初優勝

2018年、ヒロムはBEST OF THE SUPER Jr.(BOSJ)初優勝。

決勝では石森太二を破っています。

この大会は新日本のジュニア選手にとって非常に重要。

ヒロムはここで、

「ジュニアのトップ選手」

から、

「新日ジュニアの顔」

へと完全に成長しました。

そして、この後にヒロムの人生を大きく変える出来事が起きます。

⑥ 2018年――ドラゴン・リー戦、そして大ケガ

2018年7月。

IWGPジュニアヘビー級王座をかけて、

高橋ヒロム vs ドラゴン・リー

が行われました。

この試合でヒロムは首を負傷。

非常に深刻なケガとなり、長期欠場へ。

ここから約1年半、リングから離れることになります。

当時のヒロムはまだ若く、

「これから新日ジュニアを背負う」

というタイミングでした。

だからこそ、この長期離脱はキャリア最大の危機でした。

⑦ 2019~2020年――復活、そして「以前より強いヒロム」へ

2019年末、ヒロムは復帰。

そして2020年には、再びBOSJで優勝。

さらに2020年のBOSJでは、決勝でエル・デスペラードを破りました。

ここからヒロムとデスペラードの関係が一気に深くなります。

この2人は単純な「仲の悪いライバル」ではありません。

新日本の同期として、同じ時代を生きてきたライバル

というところがポイントです。

⑧ 2020~2022年――BOSJ「3連覇」という異常な記録

ここはヒロムのキャリアを語るうえで絶対に外せません。

ヒロムは、

  • 2018年
  • 2020年
  • 2021年
  • 2022年

にBOSJを優勝。

なんと4回優勝しています。

さらに2020~2022年は、

3年連続優勝。

BOSJ史上でも非常に突出した記録です。

つまりヒロムは、

「一時的にジュニアのトップだった」

選手ではありません。

何年にもわたって新日ジュニアの中心に居続けた選手

なのです。

⑨ 2021年――再び大ケガ、そして復活

2021年には再び負傷。左大胸筋断裂、全治半年。

しかし、ここでもヒロムは復帰。

そして復帰後のBOSJで優勝。

これがヒロムというレスラーの大きな特徴です。

「ケガをする→復活する→以前より存在感を増す」

というサイクルを何度も繰り返してきました。

だからヒロムには、

「強い」

だけではなく、

「何度倒れても戻ってくる」

というストーリーがあります。

⑩ 2022年――BOSJ4度目の優勝

2022年にはBOSJを再び制覇。

これで通算4回優勝。

2026年時点でもBOSJ最多優勝記録です。

これはかなり凄い。

歴代のジュニアの名選手には、

  • 獣神サンダー・ライガー
  • 金本浩二
  • KUSHIDA
  • プリンス・デヴィット
  • ウィル・オスプレイ
  • エル・デスペラード

などがいます。

その中で、

BOSJ最多優勝が高橋ヒロム

という事実は、ヒロムが新日ジュニア史に残る選手であることを示しています。

⑪ 2023年――「ジュニアの夢」を広げる

2023年には、ヒロム自身が中心となって、

「ジュニア夢の祭典~ALL STAR Jr FESTIVAL 2023~」

を開催。

これはかなりヒロムらしい活動でした。

新日本だけではなく、他団体のジュニア選手も集め、

「ジュニアプロレスそのものを盛り上げる」

という方向に動いたのです。

つまりヒロムは、

「自分がチャンピオンになる」

だけではなく、

「ジュニアというカテゴリーそのものを大きくする」

という役割も担うようになりました。

⑫ 2025年――NOAHにも進出

そして晩年のヒロムは、さらに活動範囲を広げます。

2025年にはプロレスリング・ノアにも進出し、

GHCジュニアヘビー級王座を獲得。

さらにNOAHのジュニアの大会でも結果を残しました。

これはヒロムにとって大きな意味があります。

なぜなら、

「新日本ジュニアの王者」

だけではなく、

「他団体のジュニアでも頂点を取れる」

ことを証明したからです。

⑬ 2026年――16年間在籍した新日本を退団

そして現在のヒロムを語るうえで最大のニュース。

2026年2月3日、新日本プロレスが高橋ヒロムの退団を発表。

2月11日の大阪大会が新日本所属としてのラストマッチになりました。

ヒロムはこれを、

「スーパーポジティブ退団」

と表現。

単純に「新日本が嫌になった」という話ではありません。

本人は、

「ドデカい夢を見つけた」

と説明しています。

そして2月11日、大阪で石森太二と組んで壮行試合。

最後はファンに向かって、

「またねー!」

と叫び、新日本を去りました。

そしてしばらく経ちWWEにてKYOKI誕生。

中邑真輔とのタッグチーム『BAKUSAI』のパートナーとしてNXTを経ずにいきなりSmackDownへ。

会社としてのプッシュと中邑から直に学ぶことで一気に上り詰めることも夢ではないかもしれません。

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